小説『光の腕』


目次



小説『光の腕』


「もしもこの腕が。私の本当の腕だったなら……………」
 私は口の中で呟く。
 いつもの、呟き。
 左手で支えていた右の二の腕に、感覚が宿る。
 何かが、突き抜けていく感覚。
 あの人が作った腕が、本当に自分の物になる。
 そして、私は元の………いや、元以上の自分自身を取り戻す。

 人っ子一人いない、新宿の雑踏のただ中で。
 今日も何か………正体の分からない襲撃者に対峙する。

 あの人は………………今はいずこにいるのだろう……
 あの人に…………………いつかまた、会えるのだろうか?
 私から、右腕を奪い、右腕をくれたあの人に。


        ***


 私は、その時。
 自分の二の腕というのが、どれだけ近くにあったのかという事を
知った。過去形。
 気が遠くなるような痺れ、そして、奇妙な白っぽい倦怠感。

 あ、朱い………………

 朱。あけの色が空に迸る。
 朱い何かと一緒に、私から何かが抜けてゆく。
 身体が、動かない。いえ。動きたくない。動こうということを思
いつけない。

 ゴムの匂い。アスファルトの匂い。
 右耳の脇をいやな音を立てながらすり抜けていった、黒いタイヤ。

 オブジェチックな奇妙な腕。
 腕。
 私の腕だった物。
 視界の隅に転がっていて。

 あれは、なに?

 アレハ………ナニ?


        ***


「そんな事っ。判ってるんだから、思い出させないでよっ」
 八つ当たりだ。そんな事。判り切っている。
 判り切っているからこそ、八つ当たりしているのだから。
 病院のベッドの上で、パジャマの右の袖が、情けなく揺れる。
「………申し、わけない」
 三ッ木氏のそれなりに端正な顔が歪む。
 一発、ひっぱたいてやりたい。
 でも、左腕は上半身を起こすために………体のバランスを取るた
めにベッドの手すりを握り締めていないといけないし、右腕は………
「こんな事で償えるなんて、思っているわけではないけど………」
 袋。長細い袋。
 償い………。そんな言葉で、何かが片付いたりするのだろうか?
 袋。その先から出てきたのは、指先。
「………これ…………」
 わずかに、声が震える。まるで本物のような。
「義手です………。お医者様の許可を頂いて………ぼくが、作りま
した」
 袋から現れる腕。蝶番になっているはずの関節も、滑らかに。
「………………本当の、腕みたい……」
 私は思わず呟いている。腕のオブジェ、ただの義手。なのに。
「………ぼくの。最高傑作でもあります。あなたに使っていただき
たくて、作りました」
 この腕が。私の右腕だったのならば………
 私は、そんな奇妙な思いに捕らわれて三ッ木氏の顔を見つめる。
「……光の、腕(かいな)………」
 口からこぼれる言葉。世界が、涙で歪む。
「受け取って、いただけるでしょうか?」
 その言葉に、私の頬を、液体がこぼれ落ちた。


        ***


 飛んでくる、何かを右の腕ではじき跳ばす。
 横へひと跳びして、遮蔽物の影へ。
 駆けるのは、自分。
 この奇妙な結界という世界で、戦うのは、自分。

 そして、私の。
 光の腕。

                            (Fin)


解説

 とゆーわけで、これから来るだろー戦いの一コマを舞台に、朱理の一人称回
想で描写しました(笑)
 これから来る戦い(詳細不明)は、勝手に書いてます(爆)


関連資料

 新木朱理



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